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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(あ)2891号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

被告人の弁護人深井竜太郎の上告趣意は末尾に添附のとおりである。

職権により調査すると、本件記録に徴すれば、被告人には窃盗未遂、窃盗教唆、賍物寄蔵、賍物牙保の犯罪事実があるとして起訴されたのであるが、第一審判決は適法に証拠調をした証拠によって、右起訴にかかる公訴事実の存在を確定したけれども、池田栄次郎、池田ミドリの検察官に対する各供述調書の記載、証人池田伝作の第一審公判廷における証言、鑑定人秋元波留夫、同田原幸男の被告人の精神状態に関する各鑑定書の記載、右秋元波留夫の第一審公判廷における証人としての供述及び第一審公判廷における被告人の供述並びにその態度等によって、被告人は右犯行当時心神喪失の状態にあったものとして、即ち被告人には是非善悪を弁別し、これに基いて行動する能力ありと認めるに足る精神状態の存在は認められないとして、被告人に対し無罪の言渡をしたところ、検察官からの、右第一審判決が被告人を心神喪失の状態にあるとしたのは事実を誤認したものであるとの控訴趣意に対し、原審は何ら事実の取調もしないで右検察官の控訴趣意を容れ第一審判決を破棄し、訴訟記録及び第一審裁判所で取り調べた証拠のみによって、被告人に対する犯罪事実を確定し且つ「被告人は、本件犯行当時、窃盗、賍物牙保等の行為に対する正邪の弁別心はもとより、犯罪発覚の直後、逮捕を免れんがため、自分は警察署員である等と詐称するなどの思慮をさえも備えて居たものであったことを認定することができる。そうして見れば、被告人は本件犯行当時、心神耗弱の状態にあったと認定するを至当とすべく」と判示し、本件犯行当時被告人には通常人に比すれば低い程度ではあるが、是非善悪を弁別しこれに基いて行動する能力があったと認めるに足る精神状態の存在を認定し被告人に対し有罪の判決を言い渡したことが明らかである。控訴審において、被告人に刑事責任を負わしめるに足る精神状態の存在は認められないとして無罪を言い渡した第一審判決は、精神状態についての事実を誤認したものとしてこれを破棄し、自判によって有罪の判決を言い渡すには、控訴審は自ら事実の取調を行うことを要し、さもなければ第一審に差し戻すべきものであること、昭和二六年(あ)第二四三六号同三一年七月一八日言渡大法廷判決の趣旨に徴し明らかである。してみれば原判決は、刑訴四〇〇条但書に違反する違法があって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴四一一条一号、四一三条により主文のとおり判決する。

この裁判は裁判官池田克の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官池田克の意見は次のとおりである。

わたくしも亦、本件を破棄差戻すべきものとすることにおいて多数意見と結論を同じくするものであるが、その理由を異にするので、一言意見を表示しておくこととする。

第一審判決は、被告人が本件犯行当時心神喪失の状態にあったものと認めて、被告人に対して無罪の言渡をしているのであるが、第一審が右のごとき心証を形成するにつき特に重視したものは、判文自体からも窺われるとおり、鑑定人秋元波留夫、同田原幸男の被告人の精神状態に関する各鑑定書の記載及び右秋元波留夫の証人としての供述並びに被告人の公判廷における供述及び態度である。してみると、第二審たる原審においては、たとい書面審査の結果に徴し、被告人の本件犯行当時の精神状態が心神耗弱の程度であったと認めるのを相当とするものと判断することができたとしても、それだけでは審理をつくしたものといえないのであって、精神状態の法律評価に誤りなきことを期するため、少くとも被告人の精神状態につき再鑑定を命じて、その結果をも参照すると共に、公判廷に被告人の出頭を求めて、その供述及び態度を参酌する等、必要な措置を執らなければならなかったものといわなければならない。しかるに、原審は事ここに出でず、たやすく検察官の控訴趣意を容れて第一審判決を破棄したのは、審理をつくさざるに因る理由不備の違法があるものというべく、刑訴四一一条一号により破棄を免れない。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田 克)

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